New Code NLP School

NLP共同創始者ジョン・グリンダー博士、ニューコードNLP共同開発者カルメン・ボスティック女史が監修するニューコードNLPスクールの公式ブログです。

−記事

The Japanese Living Environment and Overtone

Japan's natural environment contains a lot of moisture. Soft, moist plants and trees, and soil covered with fallen leaves and other substances make it difficult for sound to echo throughout the environment. In a space where sound is less likely to echo, high pitched sounds and fine overtones can be heard better. This suggests that we Japanese have lived in spaces where a wide variety of overtones exist. 

 

Looking at Japanese people's traditional living environment, we are surrounded by sound-absorbing materials such as rush-woven tatami mats, paper shoji screens, and cloth fusuma sliding doors. It is as if the natural environment outside has been placed directly inside the house. It is thought that this is how the Japanese became more sensitive to high-pitched sounds and subtle overtones.

和室


In the Western world, on the other hand, houses were mainly made of hard stone or brick, and streets were built with stones. When covered with stone, sound is more likely to echo. In a space where sound echoes easily, sound is constantly reflected, and as it reflects, the higher harmonics are absorbed, while the lower harmonics are amplified by parallel surfaces (echoes repeated between parallel walls) that form standing waves. This is also related to the development of base tone-based music in the West.

西洋の建物


[References]

Akikazu Nakamura, Overtones:Sound・Language・Note of Bodily Culture, Shunjusha, November 1, 2010,





日本の住環境と倍音について

日本の自然環境は、湿気を多く含んでいます。水分を含んだやわらかい草木、落ち葉などに覆われた土壌など、いたるところが響きにくい状態になっています。音が響きにくい空間は、高い音や細かな倍音がよく聞こえます。このようなことから私たち日本人は、多種多様な倍音が存在する空間で生きてきたということがわかります。

私たち日本人の伝統的な住環境を見てみますと、藺草(いぐさ)で編んだ畳をはじめ、紙の障子や布の襖(ふすま)といった、いわば吸音材に囲まれているような空間です。それは、外の自然環境をそのまま家の中にしつらえたようなものです。こうして日本人は、高い音や細かな倍音に一層敏感になったのだと思われます。

和室


一方、西洋の場合、住居はおもに堅い石や煉瓦でできており、道も石畳で造られていました。石に覆われていると、音が響きやすくなります。音が響きやすい空間では、音は常に反射していて、反射すればするほど、高い音の倍音は吸収され、低い音の倍音は並行面(平行した壁面間で繰り返される反響)によって定常波(standing wave)となり、増幅されます。これは、西洋で基音を主体とした音楽が発展することとも関係しています。

西洋の建物


〈参考文献〉
倍音 音・ことば・身体の文化誌
中村 明一
春秋社
2010-11-01



NLP共同創始者ジョン・グリンダー博士認定校
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記事更新日:2024/06/27

Hideo Kobayashi and a Firefly

Hideo Kobayashi (1902-1983), a Japanese literary critic and author, begins his unfinished work on the French philosopher Henri Bergson as follows:

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A few days after my mother passed away, I had a weird experience. Back then I didn’t want to tell anybody about it, and in fact I never did. But I couldn’t bear this strange feeling and I once decided to write about it under the title I came up with, A Fairy Tale Experience, though it never happened. Now finally, I will simply describe what really happened that day. Having noticed that there was no more candle offering for hotoke (the deceased spirit), I went out to get some. My family lived in the deep forest of Ogigayatsu, and there was a creek running in front of our house. It was already dark outside. I walked through the gate, and saw a firefly flickering. Every year we see many of them, but it was the first one I ever saw that year. I had never seen such a big one, and one that glowed so beautifully. Just then an idea occurred to me; “My mother has just appeared before me as a firefly.” Following the glow in the air, I couldn’t shake off that feeling any more. My readers, I assume, could just laugh away my sentiment, and I can do that too. But here is the rub――to tell you the truth, I haven’t described what really happened yet. That moment I never thought, “Oh this is the first firefly I ever saw this year” nor “This one glows like I have never seen.” Only after a while did I reflect upon that experience once or twice, but that day I swear I didn’t. In fact, I didn’t even think that my mother somehow turned into the firefly. Everything just seemed to be natural. So if I were to simply describe what really happened as it happened, it should be something like, “I walked through the gate, and saw my mother/firefly flickering.” In other words, I would have to write a fairy tale. Hence the title, A Fairy Tale Experience.

(Complete Works of Hideo Kobayashi, Supplementary Volume. 1, p.11-12)

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Henri Bergson was a philosopher who sought to understand the relationship between our physical brain and our mind. In writing on Bergson, perhaps Hideo Kobayashi couldn’t help but mention his own experience; he saw a firefly and naturally thought it was his deceased mother, a story that points to our mysterious natureAnd this could have something to do with a sensory modality that we share as a human race. 

蛍



小林秀雄と蛍

日本の文芸評論家で作家の小林秀雄(1902-1983)は、フランスの哲学者、アンリ・ベルグソンの思想を論じた未完の評論「感想」を、次のように書き始めています。

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母が死んだ数日後の或る日、妙な経験をした。誰にも話したくはなかつたし、話したことはない。尤も、妙な気分が続いてやり切れず、「或る童話的経験」という題を思い附いて、よほど書いてみようと考えた事はある。今は、ただ、簡単に事実を記する。仏に上げる蝋燭を切らしたのに気附き、買いに出かけた。私の家は、扇ヶ谷の奥にあって、家の前の道に添うて小川が流れていた。もう夕暮れであった。門を出ると、行手に蛍が一匹飛んでいるのを見た。この辺りには、毎年蛍をよく見掛けるのだが、その年は初めて見る蛍だった。今まで見たこともない様な大ぶりのもので、見事に光っていた。おっかさんは、今は蛍になっている、と私はふと思った。蛍の飛ぶ後を歩きながら、私は、もうその考えから逃れることが出来なかった。ところで、無論、読者は、私の感傷を一笑に附する事が出来るのだが、そんな事なら、私自身にも出来る事なのである。だが、困ったことがある。実を言えば、私は事実を少しも正確に書いていないのである。私は、その時、これは今年初めて見る蛍だとか、普通とは異って実によく光るとか、そんな事を少しも考えはしなかった。私は、後になって、幾度か反省してみたが、その時の私には、反省的な心の動きは少しもなかった。おっかさんが蛍になったとさえ考えはしなかった。何も彼(か)も当り前であった。従って、当り前だった事を当り前に正直に書けば、門を出ると、おっかさんという蛍が飛んでいた、と書くことになる。つまり、童話を書くことになる。後になって、私が、「或る童話的経験」という題を思い附いた所以である。

小林秀雄全作品 別巻1』p.11-12)

-----------------------------

アンリ・ベルグソンは、物質である脳と、私たちの心がどのような関係にあるかを探究した哲学者です。小林秀雄は、このベルグソン論の冒頭で、蛍を見てそれを自分の亡くなった母親だと思ってしまうような、人間の不思議さを想起させるエピソードに触れたのかも知れません。これも私たち人間の感覚モダリティのひとつかもしれません。

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記事投稿日:2024/07/17

小林秀雄と蛍

日本の文芸評論家で作家の小林秀雄(1902-1983)は、フランスの哲学者、アンリ・ベルグソンの思想を論じた未完の評論「感想」を、次のように書き始めています。

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母が死んだ数日後の或る日、妙な経験をした。誰にも話したくはなかつたし、話したことはない。尤も、妙な気分が続いてやり切れず、「或る童話的経験」という題を思い附いて、よほど書いてみようと考えた事はある。今は、ただ、簡単に事実を記する。仏に上げる蝋燭を切らしたのに気附き、買いに出かけた。私の家は、扇ヶ谷の奥にあって、家の前の道に添うて小川が流れていた。もう夕暮れであった。門を出ると、行手に蛍が一匹飛んでいるのを見た。この辺りには、毎年蛍をよく見掛けるのだが、その年は初めて見る蛍だった。今まで見たこともない様な大ぶりのもので、見事に光っていた。おっかさんは、今は蛍になっている、と私はふと思った。蛍の飛ぶ後を歩きながら、私は、もうその考えから逃れることが出来なかった。ところで、無論、読者は、私の感傷を一笑に附する事が出来るのだが、そんな事なら、私自身にも出来る事なのである。だが、困ったことがある。実を言えば、私は事実を少しも正確に書いていないのである。私は、その時、これは今年初めて見る蛍だとか、普通とは異って実によく光るとか、そんな事を少しも考えはしなかった。私は、後になって、幾度か反省してみたが、その時の私には、反省的な心の動きは少しもなかった。おっかさんが蛍になったとさえ考えはしなかった。何も彼(か)も当り前であった。従って、当り前だった事を当り前に正直に書けば、門を出ると、おっかさんという蛍が飛んでいた、と書くことになる。つまり、童話を書くことになる。後になって、私が、「或る童話的経験」という題を思い附いた所以である。

小林秀雄全作品 別巻1p.11-12

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アンリ・ベルグソンは、物質である脳と、私たちの心がどのような関係にあるかを探究した哲学者です。小林秀雄は、このベルグソン論の冒頭で、蛍を見てそれを自分の亡くなった母親だと思ってしまうような、人間の不思議さを想起させるエピソードに触れたのかも知れません。これも私たち人間の感覚モダリティのひとつかもしれません。


蛍



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記事投稿日:2024/07/17

About the word “Ma”

In Japan, there is a word “Ma”. One of its meanings is “between something and something”, in other words, “interval” in English. Furthermore, this “Ma” is generally divided into two types.

 

What one type means is intervals in time or in space, in which, like pause in time or gap in space, nothing exists or which has no meanings. Break and blank also represent this meaning plainly.

 

On the other hand, another type’s “Ma” shows that, although there is actually nothing in space or time, a vast and deep universe is just there. What it expresses is a sense that some elements, including itself, invade empty time and space, making them meaningful.

 

[References]

Akikazu Nakamura, Harmonic Tone:A cultural Note of Sound, Language and Body, Shunjusha, November 1, 2010, p133 


和室


倍音 音・ことば・身体の文化誌
中村 明一
春秋社
2010-11-01



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記事更新日:2024/07/17

日本語の間(ま)という言葉について

日本には、「間」(ま)という言葉があります。

英語でいえばインターバル、何かと何かの間(あいだ)、つまりは間隔です。その定義は、大きく二つのタイプに分けられます。

一つは、時間の間隔、および空間の間隔です。タイミング、あるいはスペースといってもよいでしょう。その間(あいだ)に何も存在しない、意味を持たないもの。たんなるブレイク、ブランクという意味です。

もう一つは、何もないように見えて、実はそこにこそ広く深い宇宙がある、ということを表すための間(ま)です。それは、時間、空間に、それ自身を含め、他の要素が浸食し、時間、空間が歪んでいる感覚です。
(中村明一著「倍音 音・ことば・身体の文化誌」p.133より)



和室


倍音 音・ことば・身体の文化誌
中村 明一
春秋社
2010-11-01



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記事更新日:2024/07/17

左右の鼻孔による呼吸

D. ワーンツ(Debra Wernts)は、この大脳半球での優位性に影響しているウルトレイディアン・リズムが、〔左右鼻孔の〕鼻呼吸の同様な交代と、左右逆のかたちで結びついていることを発見した(Werntz, 1981)。すなわち左の鼻孔が開いて空気を取り入れている時、右脳の活発な活動を示す脳波が現れ、その逆も同様だったのである。さらに研究を続けたワーンツは、呼吸を左右の鼻孔の間で変化させると、左右大脳半球の優位性も変わることを発見した!(Werntzほか, 1981)。鼻呼吸のリズムは、大脳半球の活動にとって、ただ開かれているだけの窓ではなく、左右鼻孔間の空気の流れを意図的に変えることで、脳と心の最も高いレベルにある右脳と左脳の活動を変化させることができるのである! 彼女らは、この関係を自律神経系と結び付けて、次のように説明している(Werntzほか, 1981, pp.4-6)。

私たちは、鼻呼吸のサイクルと大脳半球の活動交代との相互関係は、ウルトレイディアン・リズムにもとづく一つの振動システムのモデルによるものと考え、神経系の理解に新しい概念を打ち立てた。(中略)私たちがここで提案するのは、あらゆるウルトレイディアン・リズムと、自律神経系によるそれらのリズムの調整とをひとつにまとめる−具体的には自律神経系と左右大脳半球の活動を統合する−より完全で総合的な理論の枠組みである。ここで間違いなく言えるのは、左脳と右脳のそれぞれに局在する「別個のかたちの知性」は、その作用の全般的な傾向から見ても、脳とは左右逆の半身の代謝の活性化を必要とするということだ。そう考えれば、鼻呼吸の左右交代のサイクルは、この理論を考察するにあたり、測定が容易な指標、あるいは「窓」のようなものとみなすことができる。(中略)したがって身体は、休息と活動、すなわち副交感神経支配と交感神経支配の間での周期交代をしながら、同時に「左半身−右脳」と「右半身−左脳」の交代を経験しているのである。そしてこれが、瞳孔の開き具合からより高次の大脳の皮質の機能や反応にいたるまでの、人間のあらゆる組織レベルでのウルトレイディアン・リズムを作り出すのである。(中略)重要なのは、これが自律神経系と大脳皮質の活動の包括的な統合という、これまで定義も研究もされていない関係を意味しているということである。鼻呼吸の周期は、何らかの中央制御のメカニズム、おそらくは交感神経と副交感神経のバランスを変化させる視床下部の働きによって調整されていると思われるので、この交代は脳を含む全身で起こり、そのしくみは、血管運動の強弱が脳血管の血流を調節し、それによって大脳半球の活動を変化させることによるものであることを、私たちは仮説として提示したい。

何千年にもわたり東洋のヨーガ行者たちは、彼らのいう「プラーナヤマ」(呼吸法)を実践して呼吸を調整し、それによって意識状態を調整できると主張してきた(Rossi, 1985, 1986a)。また彼らは、身体生理への奇跡的コントロールとされるものは、呼吸リズムの意識的調整と関連するものだと主張してきた。このような心身コントロールの達人技は、おもに自律神経系にかかわるものだから、ワーンツの研究は、古代からのヨーガの伝統への理論的、実証的な架け橋となるかもしれない。

ヨガ










この鼻呼吸サイクルの交代と関連がありそうな、現在なら多重人格と呼ぶであろう特に劇的な二つの症例を、N. イショロンスキーがかつて報告している(Ischolondsky, 1955, pp.8-9)。どちらの症例も、活動的な人格と受動的な人格の間には記憶喪失がみられた。これは自律神経系における交換神経と副交感神経の優位性が鼻呼吸サイクルにともなって交代し、強烈な人格変化をもたらした明白な例である。

(中略)二つの正反対の人格。一方は衝動的で無責任で意地が悪く、執念深くて、権威への反抗心と周囲の人間への憎しみに満ちていた。この人格の時の患者は極端に攻撃的で、悪態をつき、州立病院のこと、性関係のことなどでおぞましい話をしては他の患者たちを震えあがらせていた。この第一の人格に突然とって代わる正反対の行動パターンになると、患者は依存的、従順、内気、控えめで、やさしく素直にみえた。前にはののしり、悪態をついた同じ人間に対し、非常におずおずと親しみを表現し、好意と受容を求めるのだった。不穏当な言葉や表情は跡形もなく、周囲に敬意を示すこともなく、セックスになどは毛ほども触れなかった。実際、セックスのことを考えたり、関係のある言葉を聞くだけで、魂の破滅に対する極端な恐怖、罪と不安の念、憂うつ、恥の感情が起こるようだった。(中略)検査の結果、彼女の右半身と左半身で感覚刺激に対する反応に違いがあったことがわかった。右半身の感覚は鈍く、左半身は極端に敏感なのである。たとえば視覚、聴覚は右半身では不鮮明で遠く感じるのに対し、左半身では鮮明に、近く感じるのだった。触覚や痛みに対する反応は、右半身では高い閾値を示し、左半身は低かった。特徴的だったのは、嗅覚の対照的な状態である。右側は臭いに対し非常に敏感で、右の鼻孔はよく通っており、一方左側は臭いを感じず、鼻孔は詰まって閉じていた。瞳孔の開き具合、反射、唾液の分泌、発汗などその他の神経学的兆候にも、からだの左右で同様の反応の違いが認められた。攻撃的人格は、右半身で小さい瞳孔、少ない唾液分泌、足の裏と手のひらの無発汗、腹壁反射の欠如を示し、左半身では瞳孔拡大、唾液の過剰分泌、足の裏と手のひらの発汗、そして非常に強い腹壁反射を示したのである(瞳孔の大きさなどの観察結果を、鼻の詰まりと無関係に説明するのは困難である)。そして精神状態が内気、控えめでやさしい人格に切り替わったとたん、神経学的兆候もすべて反対側が優勢となり、嗅覚は今度は左が非常に鋭敏になったのに対し、右は完全に失われ、鼻孔も詰まって閉じてしまった。

カリフォルニア州ラ・ホーヤにあるジョナス・ソーク研究所のD. シャナコフーカルサは、自律神経系に関連するいかなる心身の状態あるいは心身障害の研究も、鼻呼吸リズムを利用して左右大脳半球の優位性を切り替えることによって、安全かつ容易に行うことができると述べている(Shannahoff-Khalsa, 1991)。私も以前、このやり方で左右大脳半球の優位性を切り替える方法を、いくつか詳しく解説したことがある(Rossi, 1986a, b)。私が好む方法は、ただ身体のどちらかの側を上にしてゆったりと横になるというものである。例えば、右を下にして横になると右の鼻孔が詰まってきて、反対に左の鼻孔は2, 3分のうちに通りがよくなる。そしてそれにともなって、右脳の反応が高まる傾向があるのだ。左側を下にすれば左脳が活発になる。

催眠と精神生物学的なリズムとの関係を追求する近年の研究でもっとも興味深い分野が、この鼻呼吸と脳の関係である。ドイツの鼻科学者R.カイザーは、空気が左の鼻腔と右の鼻腔から吸入される度合いが大きく変わるウルトレイディアン・リズム的な変化に気づき、これを測定した功績で知られている(Kayer, 1895)。人間の場合、数時間ごとに左右の鼻腔はその大きさと形が切り替わり、通る空気の流れを変える。ワーンツは、大脳半球の活動(脳波)と鼻呼吸周期のウルトレイディアン・リズムの左右逆の関係を報告している(Werntz, 1981)。彼女は右脳の脳波が全体としてかなりの部分をしめることと、左の鼻孔での呼気支配との間に正の相関関係があり、左脳はそれと対称的であることを発見した。広範な研究を行ったワーンツらは、1つの鼻孔を閉じて強制的にもう一方の鼻孔で呼吸させることで、鼻呼吸の優位性は意図的に交代させられるとの結論を得た(Werntzほか, 1982a, b)。さらにこの鼻呼吸の優位性の交代は、鼻孔とは左右逆の左右大脳半球の優位性の切り替え、および全身の自律神経系のバランスの切り替えとつながっていたのである(Shannahoff-Khalsa, 1991)。ウルトレイディアン・リズムにもとづく鼻呼吸のサイクルは、大脳半球の活動指標となるばかりではなく、身体のほとんどの器官系、組織、細胞とのコミュニケーションを行うサイバネティック・ループにかかわる脳の高次中枢と自律神経系の活動の場を、意図的に変える手段として利用できるのだ。この鼻−脳−心のつながりが、東洋の達人たちが行う、ヨーガ古来の呼吸調整によって多くの自律神経系機能の随意的なコントロールをもたらす、本質的な経路だろうと推測する研究者もいる(Brown, 1991a, b; Rossi, 1990b, 1991)

最近発表されたD. オソーヴィエッツの博士論文は、この関係に触発されたものである(Osowiec, 1992)。彼女は鼻呼吸のウルトレイディアンリズムと、不安、ストレス症状、および人格の自己実現プロセスとの間には関係があるという仮説を検討した。そして、「(1)不安やストレス症状の傾向が低い自己実現タイプの人と、正常な鼻呼吸サイクルとは著しい正の相関関係があること、(2)不安やストレス症状の傾向が高い非自己実現タイプの人は、鼻呼吸サイクルに著しい不規則性が見られること」を発見した。この結果は、不規則な鼻呼吸サイクルは、とくに一方の鼻孔だけが極端に長期間詰まっている場合、病気や精神障害につながると強調した古い医学の教科書を思い起こさせる(Rama, Ballentine & Ajaya, 1976)。

最近行われた十二週間の追跡調査で、オソーヴィエッツは、催眠誘導しやすい被験者は自己催眠を行うと鼻呼吸のウルトレイディアン・リズムに高い規則性を示すが、催眠誘導しにくい被験者はそうでないこおを立証しつつあるということだ(私的通信、1993)。彼女はウルトレイディアン・リズムにもとづく鼻呼吸のサイクルについてのこの発見は、ストレス、症状、人格、催眠療法への反応性の間に見られる全般的な関係と軌を一にするという仮説を立てている。

催眠と鼻呼吸−脳との間につながりがあるという仮説をさらに検証するため、B. リッピンコットは二種類の催眠誘導の効果を調べた(Lippincott, 1992c)。すなわち、(1)「ハーバード催眠感受性集団尺度」(The Harvard Group Scale of Hypnotic Susceptibility: HGSHS)を用いる伝統的催眠と、(2)鼻呼吸リズムに従い、私の「ウルトレイディアン・アクセス法」を用いる自然主義的な催眠法である。彼は、催眠が左右大脳半球の優位性の交代と関係があるのなら(Ericksin & Rossi, 1979)、催眠誘導は鼻呼吸における左右の優位性とも関係があるのではないかという仮説を立てた。そして、どちらの催眠法を用いた被験者も、催眠導入をしていない対照群と比べると、鼻呼吸での左右鼻孔の交代をより多く行うこと、さらに自然主義的な催眠誘導のグループの方が、伝統的な催眠誘導グループより鼻呼吸の交代が著しく多いことを確認したのである。

〔指標12〕に記した簡単な方法で予備調査をしたところ、非常に興味深い結果が得られた。たとえば、単なるストレスや過労による機能性の頭痛は、ただ鼻呼吸のリズムを一方の鼻孔から他方へと変えるだけで、比較的速やかにその強さと部位が変わったのである。何人かの患者は、鼻呼吸の左右の優位性を変えることで、頭痛を心地よい暖かさや涼しさなどに、観念力学的に変えることができると報告した。不機嫌、不快感、身体的な不調は、この方法で5, 6分間の感覚の変換を試みていくと、より意義深い気づきとともにイメージや実感にのぼってくる。他の文献では、ウルトレイディアン・リズムにおける休息期に大脳半球を右脳優位に変えることで、「明晰夢遊状態」(Lucid somnambulism)という深い自己催眠状態にアクセスした体験をいくつか発表したことがある(Rossi, 1972/1985)。

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〔指標12〕左脳大脳半球の優位性の交代と心身の状態

1.鼻呼吸での左右鼻孔の優位性と心身の状態を判断する
「今あなたが経験している心身の状態を探究し、それを変えていきたいと思われるのなら、まず左右どちらの鼻孔が通っているか確かめて下さい」

2.鼻と大脳半球の左右の優位性を交代させる
「通っている鼻孔のほうが下になるようなかたちで、横向きに寝て下さい。これによって、数分のうちに、あなたの大脳半球の優位性が下になっているほうに移ります。次の5分から20分のあいだは、感覚、知覚、情動、認知、あるいは症状などが自然に変化するのをただ受け止め、不思議さを感じていて下さい」

3.左右大脳半球の優位性の変化と、心身の状態の切り替わりを確認する
「まっすぐ座った状態で、前は詰まっていた鼻孔は今は通っていること、そしてこんどは反対側が詰まっていることに注意して下さい。こうして鼻と大脳半球での優位性が交代したときの、心身の状態の変化を覚えておいて下さい。そして自分の反応の特徴的なパターンを調べ、これからの指針にして下さい」

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U. アルヤ博士はその著作「瞑想と死の技法」(Meditation and the Art of Dying)(Arya, 1979)に、鼻呼吸のサイクル、性的オルガスム、および「サマディー」(瞑想の最高の境地。三昧)との興味深い関係を記している。それによると、古いヨーガの文献では、性的オルガスムや「サマディー」での最も深い瞑想状態の間は、両方の鼻孔が開くとされている。博士は、この種の瞑想におけるエクスタシーは、「クンダリーニ〔訳注・蛇の姿で象徴的にあらわされる生命エネルギー〕の急上昇によるもので(中略)、禁欲は容易となり、性行為より大きな歓びをもたらす」と述べている。この観察報告を検証するのは、西洋科学の役目であろう。

自律神経系、左右大脳半球の優位性、行動の関係についての以上のような予備研究は、催眠療法、心身相関的な治癒、人間の潜在能力の喚起に関する新しい精神生物学的な研究を発展させる、非常に広範で興味深い可能性を開くものである。ここでもう一度、p.213の図7を見ていただければ、この章でふれた多くの研究の深い広がりがわかるだろう。図7は、自律神経系の制御を受ける心と、身体と、身体の各細胞内の分子プロセスとの間の情報変換の完全な経路を示している。この情報変換の経路は、私たちが毎日の生活から得た記憶、学習、行動を状態依存的にコード化することで、無意識のレベルで常に自動的に調整されている。研究と臨床実践を続けることにより、これらの心身プロセスをより意志的に促すさらに広い道が開かれることだろう。
(「精神生物学」p.236-243より引用)






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記事更新日:2024/07/18

“Missoku" - a unique breathing method practiced by the Japanese people since old times.

Missoku is a unique breathing method that has been practiced by Japanese for a long time and is still practiced today in the fields of traditional arts and martial arts. The most characteristic feature of Missoku is the posture when exhaling, in which the breath is exhaled with the belly stretched out. This is different from the commonly practiced abdominal or chest breathing, as well as from the reverse compound breathing practiced in yoga and other forms of breathing. Japanese people have naturally practiced Missoku in their natural environment and living conditions.


Simply speaking, Missoku is a deep breathing technique in which one assumes a hunched posture (with the pelvis tilted back), the belly is kept slightly protruding during inhalation and exhalation, and no force is applied anywhere, without moving the body. By using the deep muscles instead of the outer muscles and by moving only the diaphragm up and down, this breathing method allows for a large amount of exhalation and inhalation at one time, allowing the body to remain stable and quiet, and the mind to focus and feel free and liberated at the same time.


着物の女性



The reason why Japanese people have come to learn this unique breathing method is thought to be related to the unique natural, working, and living conditions in Japan. Japan is mountainous, with steep slopes, soft soil and abundant vegetation, which combined to make it difficult to stand without lowering the waist and bending the knees. In addition, in paddy field work of rice cultivation, there was constant foot and leg stooping, and the hips and upper body had to move in unison. For this reason, the pelvis was tilted backward, and by working in this posture, the legs and hips were trained to be strong. In addition to that, the daily living environment of the floor (tatami) culture, in which sitting and standing postures were commonplace, and the natural posture wearing the kimono obi, which is tied around the hip bones and secures the lower abdomen, also contributed to the development of the unique posture and physicality of the Japanese people. This posture is the basis for Missoku. Once this posture has been established and one has learned this breathing method, it can be maintained and strengthened in the daily environment. Over the centuries, a way of life made possible by strong muscular strength was slowly perfected.

Thus, due to the unique climate and lifestyle, the Japanese have acquired a body with a lowered center of gravity and an excellent sense of center. This breathing method, which is always performed by a posture with the pelvis tilted back and the strength of the legs, hips and abdomen, has cultivated a sensitivity to perceive oneself and one's surroundings in a state of "serenity”. In this tranquil world, the spirit is calmed and the senses are sharpened to the point of acuity, allowing one to perceive even the smallest changes. This Japanese posture and the senses produced by the astonishing stillness of Missoku were reflected in the unique culture of Japan.

 

(References)

Akikazu Nakamura, The body changes with "Missoku", Shincho-Sensho


着物の女性



「密息」〜日本人が古来より自然に行ってきた呼吸法〜

「密息」は、近代以前の日本人がずっと行ってきた、そして現代でも伝統芸能や武術の場で継承されている呼吸法です。密息の一番の特徴は吐く時の姿勢であり、腹を張り出したまま息を吐きます。これは、一般的に行われている腹式呼吸や胸式呼吸とも、ヨガなどで行われる逆複式呼吸とも違う特徴です。日本人は、この呼吸を日本の自然環境や生活環境の中で自然に行ってきました。


密息を簡単にいえば、腰を落とし(骨盤を後ろに倒し)た姿勢を取り、腹は吸うときも吐くときもやや張り出したまま保ち、どこにも力を入れず、身体を動かすことなく行う、深い呼吸です。外側の筋肉ではなく深層筋を用い、横隔膜だけを上下することによって行うこの呼吸法では、一度の呼気量・吸気量が非常に大きくなり、身体は安定性と静かさを保つことができ、精神面では集中力が高まり、同時に自由な解放感を感じます。

日本人が、この密息という独特の呼吸法を身に着けるようになった要因には、日本独特の自然環境、労働環境、生活環境といった諸条件が関係していると考えられます。日本は国土に山地が多いため傾斜がきつく、土質が柔らかく、草木が多いなどの条件が重なって足場が悪いことから、腰を落としひざを曲げなければ立っていることすら難しい環境がありました。また、稲作が始まってからの水田作業では、足腰を踏ん張る姿勢が不断にあり、腰と上体の動きを一体にしなければなりませんでした。このため、骨盤を後ろに倒し、その姿勢で活動することによって、足腰は強靭に鍛えられていきました。さらに、生活環境として、床(畳)文化で、座る姿勢、そこから立つ動作が日常的であったこと、着物の帯は腰骨を巻くように結び、下腹を固定する姿勢が自然だったことも、日本人が固有の姿勢と身体性を獲得する要因となりました。帯を内側から腹でぐっと押し、その間に着物を挟むようにすれば着崩れなくなりますが、これは密息の基本となる姿勢に他なりません。こうして姿勢ができ、密息をするようになると、日常の環境の中でそれが維持され、強化されます。強い筋力を持って可能になる生活様式が、何世紀もの間にゆっくり完成されていきました。

このように、固有の風土と生活習慣によって、日本人は重心が落ち、中心感覚に優れた身体を獲得しました。この、常に骨盤を倒した姿勢と脚・腰・腹の強さによって行う「密息」という呼吸は、自分自身も周囲をも「静けさ」のうちに捉える感性を培ってきました。静謐な世界では、精神は沈静化し、感覚が鋭敏に研ぎ澄まされ、小さな変化を捉えることができるようになります。この日本人の姿勢と密息の驚異的な静止感から生み出される感覚が、日本固有の文化に反映されていきました。

 

〈参考文献〉

「密息」で身体が変わる (新潮選書)
中村 明一
新潮社
2006-05-24

 


NLP共同創始者ジョン・グリンダー博士認定校
ニューコードNLPスクール
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記事更新日:2024/07/14

「密息」〜日本人が古来より自然に行ってきた呼吸法〜

「密息」は、近代以前の日本人がずっと行ってきた、そして現代でも伝統芸能や武術の場で継承されている呼吸法です。密息の一番の特徴は吐く時の姿勢であり、腹を張り出したまま息を吐きます。これは、一般的に行われている腹式呼吸や胸式呼吸とも、ヨガなどで行われる逆複式呼吸とも違う特徴です。日本人は、この呼吸を日本の自然環境や生活環境の中で自然に行ってきました。


密息を簡単にいえば、腰を落とし(骨盤を後ろに倒し)た姿勢を取り、腹は吸うときも吐くときもやや張り出したまま保ち、どこにも力を入れず、身体を動かすことなく行う、深い呼吸です。外側の筋肉ではなく深層筋を用い、横隔膜だけを上下することによって行うこの呼吸法では、一度の呼気量・吸気量が非常に大きくなり、身体は安定性と静かさを保つことができ、精神面では集中力が高まり、同時に自由な解放感を感じます。


着物の女性


日本人が、この密息という独特の呼吸法を身に着けるようになった要因には、日本独特の自然環境、労働環境、生活環境といった諸条件が関係していると考えられます。日本は国土に山地が多いため傾斜がきつく、土質が柔らかく、草木が多いなどの条件が重なって足場が悪いことから、腰を落としひざを曲げなければ立っていることすら難しい環境がありました。また、稲作が始まってからの水田作業では、足腰を踏ん張る姿勢が不断にあり、腰と上体の動きを一体にしなければなりませんでした。このため、骨盤を後ろに倒し、その姿勢で活動することによって、足腰は強靭に鍛えられていきました。さらに、生活環境として、床(畳)文化で、座る姿勢、そこから立つ動作が日常的であったこと、着物の帯は腰骨を巻くように結び、下腹を固定する姿勢が自然だったことも、日本人が固有の姿勢と身体性を獲得する要因となりました。帯を内側から腹でぐっと押し、その間に着物を挟むようにすれば着崩れなくなりますが、これは密息の基本となる姿勢に他なりません。こうして姿勢ができ、密息をするようになると、日常の環境の中でそれが維持され、強化されます。強い筋力を持って可能になる生活様式が、何世紀もの間にゆっくり完成されていきました。

このように、固有の風土と生活習慣によって、日本人は重心が落ち、中心感覚に優れた身体を獲得しました。この、常に骨盤を倒した姿勢と脚・腰・腹の強さによって行う「密息」という呼吸は、自分自身も周囲をも「静けさ」のうちに捉える感性を培ってきました。静謐な世界では、精神は沈静化し、感覚が鋭敏に研ぎ澄まされ、小さな変化を捉えることができるようになります。この日本人の姿勢と密息の驚異的な静止感から生み出される感覚が、日本固有の文化に反映されていきました。

着物の女性

 

〈参考文献〉

「密息」で身体が変わる (新潮選書)
中村 明一
新潮社
2006-05-24

 


NLP共同創始者ジョン・グリンダー博士認定校
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記事更新日:2024/07/14

Japanese unique breathing method "Missoku"

The body that has changed through Missoku※ becomes a very sensitive “receiver'' for external elements. As a result, hearing sensitivity also increases

 

Different from abdominal breathing and thoracic breathing, Missoku is a breathing method unique to Japanese born from Japanese climate and living environment since old times. This is a breathing technique in which the pelvis is tilted backwards, the abdomen is inflated, and only the diaphragm is moved up and down. It has had an influence that cannot be overlooked not only on the lifestyle of the Japanese people, but also on the formation of traditional Japanese art and culture.

  

In the West, where people usually breathe abdominally, the main elements of music are pitch, temporal position and volume, and overtones have been considered a secondary element. In other words, there was a hierarchy of the constituent elements of music. The idea that rhythm, melody and harmony are the three elements of music, originates from this rational basis. However, as the sensitivity of the "receiver" increases by Missoku, and every element begin to be received without discrimination, the hierarchy is removed and delicate parts such as overtones begin to appear. All elements are received equally as if they were arranged on the same plane. As what is received becomes diverse, what is communicated from the recipient will naturally change as well. Similarly, the music changes. This is how Hogaku (Japanese traditional music) was born.


雅楽の楽器


 

Furthermore, it is noteworthy that, because of this breathing method called Missoku, the importance of the “blank” part increased. When people breathe from their abdomen or chest, their bodies move and make some noise, For that reason, the "pauses" of phrases such as songs are filled with impure sounds caused by body movements. In the case of Missoku, the body does not move and make any sounds, so impurities do not appear at all. There's not even any sign of it. The difference between the two breathing methods is, like the difference between ink on newspaper and ink on white Japanese paper like snow. The beginnings, breaks and pauses of sounds become clearer. And people's consciousness is focused on that part. Furthermore, the value of each sound itself, which only shows its face among the impurities and was not identified, becomes apparent. Its appearance resembles the stones in the rock garden of Ryoanji-temple, or the islands floating in the sea of Matsushima-bay.


石庭



 

Next, looking at Missoku from a visual point of view, as the body stabilizes due to this breathing method, people’s eyes also become very stable. And visual sensitivity also increases. When people breathe from their abdomen or chest, their bodies move up and down, making it difficult to see the horizontal lines, but when people practice Missoku, their bodies stop moving up and down, so the horizontal lines become more visible. The horizontal line is said to represent stability, stillness etc., and the sense of tranquility increases.

 

If there is less body movement, the clarity of the screen will also increase. It is because it takes almost no time to focus. It's like fixing a camera on a tripod. In this case, it is possible to move from a small screen far away to a large screen nearby in an instant. I call this effect "focus in/out." On the other hand, in the case of abdominal breathing, breathing moves the body, so shifting your focus during this movement inevitably takes time. It’s like holding a camera in your hand and moving the focus. Even if the image finally comes into focus, it takes time and the screen (field of vision) often becomes blurry. However, in the case of Missoku, this "focus in/out" effect makes the viewpoint movement time extremely shorten.

 

In this way, Missoku makes it possible to integrate hearing and vision, time and space into stillness. This leads to the culture of “Ma (interval or pause)” in Japan.

 

I believe that most of Japan's traditional culture was born out of this breathing method called Missoku. When both the performer and the audience practice this breathing method, even the most subtle expressions become powerful ones for them. I think that there is no country in the world where the “culture of stillness'' has flourished and deepened in this way.

 

References

Akikazu Nakamura, OvertonesSoundLanguageNote of Bodily Culture, Shunjusha, November 1, 2010, pp.85-88.


茶道





日本人の特殊な呼吸法「密息」

密息(みっそく)を行うことで変化した身体は、外的な要素に対して、非常に感度の高い《受信機》になります。そうすると、聴覚における感度も高まります。

腹式呼吸で生活している西洋では、音楽においては、音の高さ、時間的位置、音量などの要素が主で、倍音は副次的な要素と考えられてきました。いわば、音楽の構成要素に階級があったのです。リズム、メロディ、ハーモニーを音楽の三要素とする考え方は、こういったところから出てきました。ところが、密息により《受信機》の感度が高まり、すべての要素が差別なく受信できるようになると、階級は取り払われ、倍音などの繊細な部分が立ち現れます。すべての要素が平面に並んだものとして、平等に受信されるのです。受信されたものが変われば、送信されるものも変わります。そして音楽も変わってきます。このようにして成立したのが邦楽(日本の古来の音楽)です。

さらに、この密息という呼吸法により、《空白》の部分の重要性が高まりました。腹式呼吸や胸式呼吸の場合、身体が動き、多少の音がします。そこで、歌などのフレーズの「間」が、身体の動きによる音の夾雑物(きょうざつぶつ)で埋まってしまいます。密息の場合は、身体も動かず音もしないので、まったくといってよいほど夾雑物は現れません。気配がまったくないといってよいほどです。その差は、たとえて言えば、新聞紙の上に墨を置いた場合と、雪白な半紙の上に墨を置いた場合の違いです。音の出始め、切れ目、間が際立ってきます。そしてその部分に意識が注がれます。さらに、夾雑物の中から顔を出しているだけではわからなかった、ひとつひとつの音自体の価値が現れてきます。それはあたかも、龍安寺(りょうあんじ)の石庭の石、松島の海に浮かぶ島々のようです。

次に、視覚の面については、密息により身体が安定することで、視線も非常に安定したものとなります。そして視覚的な感度も高まります。腹式呼吸や胸式呼吸のときには、身体が上下に動きますので、横の線が見えにくくなりますが、密息を行うと、身体の上下の動きがなくなりますので、横の線が浮き上がってきます。横の線と静けさは共感覚と言われていて、静けさも際立っていきます。

身体の動きがないと、画面の明瞭度も高まります。その上、焦点を合わせるのにほとんど時間がかかりません。それはカメラを三脚に固定したようなものです。遠くの小さい画面から近くの広い画面にまで、一瞬のうちに移動することが可能です。私は、この効果を「フォーカスイン/アウト」と名づけています。腹式呼吸の場合は、呼吸によって身体が動くので、その動きの中で焦点を移動させると、必然的に時間がかかります。カメラを手に持って、焦点を移動させるようなものです。最終的にある程度焦点は合ったとしても、時間がかかり、画面(視界)がややぼやけます。しかし、密息の場合は、この「フォーカスイン/アウト」効果により、視点の移動時間が極めて短くなります。

こうして、密息によって、聴覚と視覚、時間と空間とを、静けさの中に統合することが可能になります。これが《間(ま)》という文化につながっていきます。

日本の伝統文化の多くは、この密息という呼吸法の中から生まれてきたと私は考えています。演奏家も、観客・聴衆も、この呼吸法をしている場では、きわめて微妙な表現も、強く訴える表現となります。世界的に見ても、「静の文化」がこれほど花開き深まった国はないといってよいと思います。
(中村明一著「倍音 音・ことば・身体の文化誌」p.85-88より)


倍音 音・ことば・身体の文化誌
中村 明一
春秋社
2010-11-01




NLP共同創始者ジョン・グリンダー博士認定校
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記事更新日:2024/07/13

日本人の特殊な呼吸法「密息」

密息(みっそく)を行うことで変化した身体は、外的な要素に対して、非常に感度の高い《受信機》になります。そうすると、聴覚における感度も高まります。

腹式呼吸で生活している西洋では、音楽においては、音の高さ、時間的位置、音量などの要素が主で、倍音は副次的な要素と考えられてきました。いわば、音楽の構成要素に階級があったのです。リズム、メロディ、ハーモニーを音楽の三要素とする考え方は、こういったところから出てきました。ところが、密息により《受信機》の感度が高まり、すべての要素が差別なく受信できるようになると、階級は取り払われ、倍音などの繊細な部分が立ち現れます。すべての要素が平面に並んだものとして、平等に受信されるのです。受信されたものが変われば、送信されるものも変わります。そして音楽も変わってきます。このようにして成立したのが邦楽(日本の古来の音楽)です。


雅楽の楽器



さらに、この密息という呼吸法により、《空白》の部分の重要性が高まりました。腹式呼吸や胸式呼吸の場合、身体が動き、多少の音がします。そこで、歌などのフレーズの「間」が、身体の動きによる音の夾雑物(きょうざつぶつ)で埋まってしまいます。密息の場合は、身体も動かず音もしないので、まったくといってよいほど夾雑物は現れません。気配がまったくないといってよいほどです。その差は、たとえて言えば、新聞紙の上に墨を置いた場合と、雪白な半紙の上に墨を置いた場合の違いです。音の出始め、切れ目、間が際立ってきます。そしてその部分に意識が注がれます。さらに、夾雑物の中から顔を出しているだけではわからなかった、ひとつひとつの音自体の価値が現れてきます。それはあたかも、龍安寺(りょうあんじ)の石庭の石、松島の海に浮かぶ島々のようです。


石庭



次に、視覚の面については、密息により身体が安定することで、視線も非常に安定したものとなります。そして視覚的な感度も高まります。腹式呼吸や胸式呼吸のときには、身体が上下に動きますので、横の線が見えにくくなりますが、密息を行うと、身体の上下の動きがなくなりますので、横の線が浮き上がってきます。横の線と静けさは共感覚と言われていて、静けさも際立っていきます。

身体の動きがないと、画面の明瞭度も高まります。その上、焦点を合わせるのにほとんど時間がかかりません。それはカメラを三脚に固定したようなものです。遠くの小さい画面から近くの広い画面にまで、一瞬のうちに移動することが可能です。私は、この効果を「フォーカスイン/アウト」と名づけています。腹式呼吸の場合は、呼吸によって身体が動くので、その動きの中で焦点を移動させると、必然的に時間がかかります。カメラを手に持って、焦点を移動させるようなものです。最終的にある程度焦点は合ったとしても、時間がかかり、画面(視界)がややぼやけます。しかし、密息の場合は、この「フォーカスイン/アウト」効果により、視点の移動時間が極めて短くなります。

こうして、密息によって、聴覚と視覚、時間と空間とを、静けさの中に統合することが可能になります。これが《間(ま)》という文化につながっていきます。

日本の伝統文化の多くは、この密息という呼吸法の中から生まれてきたと私は考えています。演奏家も、観客・聴衆も、この呼吸法をしている場では、きわめて微妙な表現も、強く訴える表現となります。世界的に見ても、「静の文化」がこれほど花開き深まった国はないといってよいと思います。
(中村明一著「倍音 音・ことば・身体の文化誌」p.85-88より)


茶道



倍音 音・ことば・身体の文化誌
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2010-11-01




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記事更新日:2024/07/13

The art of conscious breathing

The art of breathing has long been practiced in Budo [Japanese martial arts] and meditation, where the specific kind of breathing, conscious breathing, has always been valued. In fact, how you breathe influences your state tremendously. From a physiological perspective, breathing under normal conditions is performed as an unconscious working of the autonomic nerve, but you can do it consciously as well.

 

When you breathe in, your sympathetic nervous system is stimulated and you feel energized; when you breathe out, your parasympathetic nervous system is stimulated and you relax. Breathing in consciously and slowly stimulates your parasympathetic nervous system, helping your body and mind relax. Through a prolonged process of conscious breathing, your state changes and high performance will be achieved.



瞑想



意識的に呼吸をするということ

呼吸は、古くから武道や瞑想などに取り入れられています。そこでは、意識的に呼吸をするということを大切にしてきました。実際に、呼吸をどのように行うかによって、自分自身のステートは大きく変わります。生理学的に見ると、呼吸というのは通常、自律神経の働きによって無意識に行っているものですが、それを意識的に行うことも可能です。

息を吸うときは交感神経が刺激されて気持ちが高まり、息を吐くときは副交感神経が刺激されてリラックスします。息を意識的にゆっくりと吸うことと、吸う時間を長くすることで、副交感神経が刺激されて、心身がリラックスしていきます。この呼吸のプロセスを長く続けることによって、ステートが変化し、ハイパフォーマンスを発揮することができるようになります。


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記事更新日:2024/07/12

Picking jade for the first time

The other day, I went to Itoigawa City in Niigata Prefecture by planes and trains from Fukuoka. The purpose was to pick up jade at the coast of Itoigawa City.

 

I stayed at a hotel and went to the coast on the first day, the second day, the third day…

 

The coast of Itoigawa was covered with stones washed ashore. They were all round, as if they had been polished by human hands, and there were also the ones with strange shapes that even seemed artistic.

 

The stones eroded by rain and wind from mountains that were once volcanoes, went down rapids, flowed from rivers into the sea over many years, rode ocean currents, and were washed ashore again by waves. The softer stones were polished to be round, while the harder ones became unique shapes even if not round. There was a beauty of nature that does not have the same shape, and then, I thought it was worth staying on this coast for a long time just to see it.

 

On the first day, a lot of stones with unusual colors and shapes caught my eye. But as the days went by, I lost interest in unusual shapes and everything began to look the same. Perhaps my brain has become so familiar to the environment of the Itoigawa coast that I don’t need no longer pay attention to every detail.

 

When we are eager to look closely at the stones on the beach in order to find jade, it will be difficult to find it. However, when we forget to pick it up and just stare at the coast, something like that sometimes catch our eyes.

 

During my stay in Itoigawa, I saw many people searching jade on the coast. When I observe these people, I began to notice their difference, such as this person came for the first time, or this person is experienced. The experienced walks with a wide view of the coast and picks up jade quickly with a long stick like a cane. It looked like he was walking as usual instead of trying to find it.

 

Seeing them, it reminded me of Dr. Grinder's “four-leaf clover” story his workshop. I'll introduce it.


海岸

 

海岸




はじめてのヒスイ拾い

先日、福岡から飛行機と電車を乗り継ぎ、新潟県の糸魚川市にまいりました。目的は、糸魚川市の海岸でヒスイを拾うためです。

 

ホテルに滞在して、1日目、2日目、3日目・・・と、連日、海岸に行きました。

 

糸魚川の海岸に打ち上げられた石は、まるで人の手によって研磨されたかのような真ん丸いものや、芸術的とさえ感じるような不思議な形をしたものがあり、ゴロゴロとひしめいていました。

 

かつて火山だった山々から雨風によって削り取られ急流を下り、長い年月をかけて川から海に流れ込み、海流に乗り、ふたたび波によって陸に打ち上げられた石たちは、軟らかい石ほど真ん丸に磨き抜かれています。一方、硬い石は丸くはならなくてもユニークな形になり、同じ形がひとつとない自然の造形美があって、見ているだけでもこの海岸に滞在する価値は高いと思いました。

 

初日は、色や形のめずらしい石にたくさん目が留まりました。しかし日を追うごとに、めずらしい石に目が留まらなくなり、すべてが同じように見えてきました。おそらく、私の脳が糸魚川の海岸という環境に慣れてしまい、細かなもののひとつひとつに注意を払うことができなくなったのでしょう

 

ヒスイを見つけようと意気込んで浜辺の石たちに目を凝らしていると、なかなか見つからないものです。しかし、拾うことを忘れて、ただぼうっと海岸を眺めているときなどに、それらしきものに目が留まります。

 

私が糸魚川に滞在している間、海岸でヒスイを拾っている人を何人も見かけました。その人々を観察すると、この人は初めて拾いに来たなとか、この人は拾うのに慣れているな、とか、違いがわかるようになってきました。拾うことに慣れている人は、海岸を広い視野で眺めながら歩き、杖のような長い棒を使ってさっとすくい上げていました。探そうとしているのではなく、ふつうに歩いている感じでした。


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記事更新日:2024/07/11

はじめてのヒスイ拾い

先日、福岡から飛行機と電車を乗り継ぎ、新潟県の糸魚川市にまいりました。目的は、糸魚川市の海岸でヒスイを拾うためです。

 

ホテルに滞在して、1日目、2日目、3日目・・・と、連日、海岸に行きました。

 

糸魚川の海岸に打ち上げられた石は、まるで人の手によって研磨されたかのような真ん丸いものや、芸術的とさえ感じるような不思議な形をしたものがあり、ゴロゴロとひしめいていました。

 

かつて火山だった山々から雨風によって削り取られ急流を下り、長い年月をかけて川から海に流れ込み、海流に乗り、ふたたび波によって陸に打ち上げられた石たちは、軟らかい石ほど真ん丸に磨き抜かれています。一方、硬い石は丸くはならなくてもユニークな形になり、同じ形がひとつとない自然の造形美があって、見ているだけでもこの海岸に滞在する価値は高いと思いました。

 

初日は、色や形のめずらしい石にたくさん目が留まりました。しかし日を追うごとに、めずらしい石に目が留まらなくなり、すべてが同じように見えてきました。おそらく、私の脳が糸魚川の海岸という環境に慣れてしまい、細かなもののひとつひとつに注意を払うことができなくなったのでしょう

 

ヒスイを見つけようと意気込んで浜辺の石たちに目を凝らしていると、なかなか見つからないものです。しかし、拾うことを忘れて、ただぼうっと海岸を眺めているときなどに、それらしきものに目が留まります。

 

私が糸魚川に滞在している間、海岸でヒスイを拾っている人を何人も見かけました。その人々を観察すると、この人は初めて拾いに来たなとか、この人は拾うのに慣れているな、とか、違いがわかるようになってきました。拾うことに慣れている人は、海岸を広い視野で眺めながら歩き、杖のような長い棒を使ってさっとすくい上げていました。探そうとしているのではなく、ふつうに歩いている感じでした。


海岸



海岸



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記事更新日:2024/07/11

Japanese culture seen in aemono

When you go to the sozai (daily dish) shop, you will see various kinds of aemono.

 

Aemono is a dish made by mixing seasonal ingredients prepared beforehand and aegoromo (traditional Japanese dressing) like seasoning, and is one of the typical daily dishes in Japan. As popular ones made at home, there are shira-ae (tofu with white dressing), goma-ae (tofu with sesame dressing), and sumiso-ae (tofu with vinegar and miso dressing), and so on.

 

By the way, when looking closely at the word aemono (和え物), not ‘合’ which means 'mixing', but ‘和’ which means ‘harmonizing’ is used.

 

When trying to explaining aemono, a combination of several ingredients, the word ‘combination’ in English, seems that the ingredients are simply put together, while ‘mixture’ makes us imagine that ingredients are mixed so much as we can't tell the taste or fragrance of each ingredient. If there were an appropriate word that could describe the essence of aemono best, it would be ‘harmony’.

 

I realized the depth of Japanese dishes again in the way seasonal ingredients only seen at certain season of the year are mixed in a single dish so as to enhance the flavors and fragrance each other.


白和え




和え物にみられる日本の文化

お惣菜売り場にいくと、いろいろな種類の和え物をみかけます。

和え物は、旬の食材を下ごしらえしたあと、調味料などの和え衣とともに混ぜ合わせた料理であり、日本料理では代表的な副菜のひとつです。家庭でよく作られるものとしては、豆腐を使った白和えや胡麻和え、酢みそ和えなどがあります。

ところで、和え物という言葉をよくみると、合わせることを意味する「合」ではなく、「和」という文字が当てられています。

いくつかの素材が合わさった和え物について英語で説明する場合、combination だと単に材料を組み合わせただけの感じがしますし、mixture だとひとつひとつの材料の味や香りがわからなくなるくらい混ぜられたものをイメージします。和え物のようすをよくあらわした言葉を挙げるとしたら、 harmony でしょうか。

一年のある時期だけしかお目見えしない旬の素材が、それぞれの味や香りを互いに引き立て合うようにひとつの器の中に合わせられるようすから、あらためて日本料理の奥深さを感じました。



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記事更新日:2024/07/10

和え物にみられる日本の文化

お惣菜売り場にいくと、いろいろな種類の和え物をみかけます。

和え物は、旬の食材を下ごしらえしたあと、調味料などの和え衣とともに混ぜ合わせた料理であり、日本料理では代表的な副菜のひとつです。家庭でよく作られるものとしては、豆腐を使った白和えや胡麻和え、酢みそ和えなどがあります。

ところで、和え物という言葉をよくみると、合わせることを意味する「合」ではなく、「和」という文字が当てられています。

いくつかの素材が合わさった和え物について英語で説明する場合、combination だと単に材料を組み合わせただけの感じがしますし、mixture だとひとつひとつの材料の味や香りがわからなくなるくらい混ぜられたものをイメージします。和え物のようすをよくあらわした言葉を挙げるとしたら、 harmony でしょうか。

一年のある時期だけしかお目見えしない旬の素材が、それぞれの味や香りを互いに引き立て合うようにひとつの器の中に合わせられるようすから、あらためて日本料理の奥深さを感じました。


白和え



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記事更新日:2024/07/10

Familiarity with vaguely shaped things

Today, I bought a small plate named “Mitsukumo” at a department store.


器
 


The plate was accompanied by the following description.



Mitsukumo

The three-cloud-shaped mamezara* is
 a mamezara with no front, which can be enjoyed in any direction, like a cloud that changes its shape minute by minute as it is blown by the wind, or like a full moon that hides in the clouds and changes its appearance.

 

*“Mamezararefers to particularly small plates of 10 cm or less among the small ones used at the dining table.Mamein Japanese meansbeanin English, and is often used to meansmall as a bean.(author's note)

 

-------------------------------


I was fascinated by the words in this description, “Mamezara with no front, which can be enjoyed in any direction.”And, then, I thought that the Japanese may have had such a way of enjoying from long ago.


In my opinion, a perfectly balanced shape radiates its perfection, but, for that reason, it also has an atmosphere that is somewhat unapproachable. On the other hand, an ambiguous and imbalanced shape conveys a feeling of warmth and familiarity


Looking at the clouds that change their shapes continuously as time passes, the irregular forms of waves crashing against the complex coastline, and the shapes of mountains that inspire our imagination as to how they were formed, I don’t know why, but I feel to catch a glimpse of the existence of a great creator in the wonder that they happened to become their shapes, and are not by human beings.



みつくも

今日は、デパートで、「みつくも」という名前のついた小さなお皿を買いました。



器


このお皿には、次のような説明書きが添えられていました。


みつくも

三つ雲形の豆皿は、風にふかれて刻一刻と形を変える雲のように、あるいは雲間に隠れて形を変える満月のように、好きな向きで楽しめる正面のない豆皿です。



私は、この説明書きにある「好きな向きで楽しめる正面のない豆皿」という文言に惹かれました。そして、もしかしたらそういう楽しみ方が、日本人には昔からあったのではないかと思いました。

完全に均整のとれた形をもつものは、その完璧さを放つがゆえに、どことなく近寄りがたい雰囲気も併せもっているように思います。一方、形があいまいで不均衡なものには、なんとなくあたたかみや親しみを感じたりします。


時間の経過とともにどんどん形を変えていく雲や、複雑な海岸線に打ち寄せる不規則な波の姿、どうやって形づくられたのかと創造力をかきたてられる山の形を見ていると、たまたまその形になったという偶然性と、その人為的ではないところになぜか、おおいなる創造主の存在を垣間見るような気もいたします。


山と雲




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記事更新日:2024/07/09

あいまいな形をしているものへの親しみ

今日は、デパートで、「みつくも」という名前のついた小さなお皿を買いました。

器


このお皿には、次のような説明書きが添えられていました。


みつくも

三つ雲形の豆皿は、風にふかれて刻一刻と形を変える雲のように、あるいは雲間に隠れて形を変える満月のように、好きな向きで楽しめる正面のない豆皿です。


私は、この説明書きにある「好きな向きで楽しめる正面のない豆皿」という文言に惹かれました。そして、もしかしたらそういう楽しみ方が、日本人には昔からあったのではないかと思いました。

完全に均整のとれた形をもつものは、その完璧さを放つがゆえに、どことなく近寄りがたい雰囲気も併せもっているように思います。一方、形があいまいで不均衡なものには、なんとなくあたたかみや親しみを感じたりします。


時間の経過とともにどんどん形を変えていく雲や、複雑な海岸線に打ち寄せる不規則な波の姿、どうやって形づくられたのかと創造力をかきたてられる山の形を見ていると、たまたまその形になったという偶然性と、その人為的ではないところになぜか、おおいなる創造主の存在を垣間見るような気もいたします。


山と雲




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記事更新日:2024/07/09

Osarai: the Japanese art of learning


御神楽


When you learn traditional Japanese arts such as flower arrangement or tea ceremony, or even in a classroom at school, you will hear the teachers and students use a phrase osarai (おさらい).

 

O- is a prefix you add to certain nouns when you want to sound polite, and -sarai is a noun that derives from a verb, sarau, which basically means to make water clean by removing mud or dust inside so that it flows smoothly.

 

This beautiful imagery of letting water flow smoothly has given birth to a metaphorical meaning: osarai is to practice earnestly so that you can let what your teacher or master taught you “flow” out of you smoothly. 


川




清らかな水にたとえた習い事

日本では、お稽古ごとをするときに、おさらい(御浚い)という言葉を使います。

「お(御)」は丁寧語、「さらい(浚い)」は動詞を名詞化したもので、もともとは、池や川の底にある泥やごみをとりのぞき、水を綺麗にしたり流れをよくしたりすることを意味します。

これが転じて、お稽古ごとで師匠から教わったことを自分の中からさらさらと流れ出るようになるまで修練する意味になりました。



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記事更新日:2024/07/08

清らかな水にたとえた習い事

御神楽


日本では、お稽古ごとをするときに、おさらい(御浚い)という言葉を使います。

「お(御)」は丁寧語、「さらい(浚い)」は動詞を名詞化したもので、もともとは、池や川の底にある泥やごみをとりのぞき、水を綺麗にしたり流れをよくしたりすることを意味します。

これが転じて、お稽古ごとで師匠から教わったことを自分の中からさらさらと流れ出るようになるまで修練する意味になりました。


川



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記事更新日:2024/07/08

Zeami's “View of Riken” in Kakyo

“Kakyo”, one of the most representative Noh theories written by Zeami, a Noh performer, in the middle of the Muromachi period, is a development of his first Noh theory, “Fushikaden”, which he wrote based on the teachings of his father, Kan’ami, and it is a collection of Noh theories that he had learned and established for about 20 years since he was 40 years old. This Noh theory had been written step by step until Oei 31 (1424), and finally was handed down Kanze Motomasa, his eldest son, as a secret. Kakyo’s final chapter particularly called ‘Oku-no-dan’ (final chapter) where is stated “Don't forget your original intention” as the heart of Noh performing, is valued as the essence of Zeami's Noh theory.

 

The below is a part of “Kakyo”.

 

Kakyo(excerpt) ―English translation―
……
And, for Noh-dance, there is an word, Mokuzen-shingo. What it means is “Keep your eyes forward and place your mind behind”.……The performer’s figure seen from Kensho (the audience seat watching Noh) is my Riken (the objective view of the performer from the audience). Accordingly, what the performer see by his own eyes is Gaken (the subjective view of the performer on his own eyes), not Riken. The way to see on view of Riken is the view of Kensho-doshin (the way to see with the same mind as the audience in kensyo). Then, the performer grasps his own figure firmly.……But, Riken is not enough yet. Unless being conscious of his own back view, the performer cannot recognize his performance’s vulgarity. Therefore, by being based on the objective view of Riken, the performer should get to Kensho-doken (to see with the same eyes as the audience), and furthermore, by grasping even Fugyumoku (what cannot be seen with the naked eye) with his mind's eyes, his entire figure should reveal a subtle and profound world. This is exactly what is meant by “Place your mind behind”.……


能楽



花鏡「離見の見」について

室町時代中期の能楽論書のひとつである花鏡(かきょう)は、能楽師の世阿弥(ぜあみ)が父親である観阿弥(かんあみ)の教えに基づいて書いた最初の能楽論「風姿花伝」(ふうしかでん)を発展させ、40歳の頃からおよそ二十年の間に、自らが体得し、開拓し得た芸術論を集成したものです。この能楽論書は、応永三十一年(1424年)までに段階的に書き連ねたのち、長男の観世元雅(かんぜもとまさ)に秘伝として授けました。とくに「奥段」と呼ばれる最後の段は、芸の奥義として「初心忘るべからず」と記され、世阿弥の芸能論の神髄と評されています

花鏡の一部をご紹介します。

花鏡(原文)
また舞に、目前心後といふことあり。目を前に見て、心を後ろに置けとなり。見所より見る所の風姿は、我が離見なり。しかればわが眼の見るところは、我見なり。離見の見にはあらず。離見の見にて見るところは、すなはち見所同心の見なり。その時は、我が姿を見特するなり。後ろ姿を覚えねば、姿の俗なるところをわきまえず。さるほどに離見の見にて見所同見となりて、不及目(ふぎょうもく)の身所まで見智して、五体相応の幽姿をなすべし。これすなわち、「心を後ろに置く」にてあらずや。

花鏡(口語訳)
舞には「目前心後」という言葉がある。目を前に心を後ろに置けということである。見所(能を見る客席)から見る姿こそ、私の「離見」である。よって、自分の目で見ているものは「我見」である。それは「離見の見」ではない。「離見の見」という見方はすなわち、見所と同じ心で見ることである。その時は、自分の姿をしっかりとらえている。舞う後ろ姿を確認しなければ、芸の低さを認識できない。だからこそ「離見の見」すなわち見所の見という客観的な目で、目の届かないところまで見てこそ、体全体が幽玄の世界をあらわす。これはすなわち「心を後ろに置く」ということである。


能楽



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記事更新日:2024/07/07

花鏡「離見の見」〜心を後ろに置く〜

室町時代中期の能楽論書のひとつである花鏡(かきょう)は、能楽師の世阿弥(ぜあみ)が父親である観阿弥(かんあみ)の教えに基づいて書いた最初の能楽論「風姿花伝」(ふうしかでん)を発展させ、40歳の頃からおよそ二十年の間に、自らが体得し、開拓し得た芸術論を集成したものです。この能楽論書は、応永三十一年(1424年)までに段階的に書き連ねたのち、長男の観世元雅(かんぜもとまさ)に秘伝として授けました。とくに「奥段」と呼ばれる最後の段は、芸の奥義として「初心忘るべからず」と記され、世阿弥の芸能論の神髄と評されています

花鏡の一部をご紹介します。

花鏡(原文)
また舞に、目前心後といふことあり。目を前に見て、心を後ろに置けとなり。見所より見る所の風姿は、我が離見なり。しかればわが眼の見るところは、我見なり。離見の見にはあらず。離見の見にて見るところは、すなはち見所同心の見なり。その時は、我が姿を見特するなり。後ろ姿を覚えねば、姿の俗なるところをわきまえず。さるほどに離見の見にて見所同見となりて、不及目(ふぎょうもく)の身所まで見智して、五体相応の幽姿をなすべし。これすなわち、「心を後ろに置く」にてあらずや。

花鏡(口語訳)
舞には「目前心後」という言葉がある。目を前に心を後ろに置けということである。見所(能を見る客席)から見る姿こそ、私の「離見」である。よって、自分の目で見ているものは「我見」である。それは「離見の見」ではない。「離見の見」という見方はすなわち、見所と同じ心で見ることである。その時は、自分の姿をしっかりとらえている。舞う後ろ姿を確認しなければ、芸の低さを認識できない。だからこそ「離見の見」すなわち見所の見という客観的な目で、目の届かないところまで見てこそ、体全体が幽玄の世界をあらわす。これはすなわち「心を後ろに置く」ということである。


能楽


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記事更新日:2024/07/07

A mutual resonance Western and Japanese sensibilitiesーCollaboration of classical music and Nohgaku

From the spring of 2020, many events at home and abroad have been canceled due to the spread of COVID-19. Under such circumstances, in May of this year, a well-known pianist from Argentina and living in Switzerland, Martha Argerich, came to Japan for the first time in three years and toured various cities for about a month to perform the world's highest performances. 


Among her performances, there was a rare program in which Argerich played together with Bunzō Otsuki, a living national treasure, who is a leading Shite (protagonist) in the Kanze school of Noh. There, Otsuki danced to J.S. Bach's ‘Partita’ Argerich played. 


The other day, I found an interview article with Argerich in a newspaper. On the day, after playing with Noh performer, she said with excitement, as following. 


“Noh fascinates my mind deeply. The very slow movements and the ‘Ma (time)’ of transformation from one movement to another reminded me of ‘legato’ in music.”


The article included a review on Argerich’s performance itself, too. 


“Her flowing tempo was well as usual. In addition, her communication ability that, by taking a little longer ‘Ma (time)’ to connect phrases, synchronized her piano with the movement of Noh dance was very wonderful, accordingly Bach's music and Noh dance showed a mysterious fusion which transcended the actual time and space of performance.” 


Here is a mutual resonance of Western and Japanese sensibilities thorough art. I think the essence of communication and its appearance are here.

能楽



西洋人と日本人の感覚の歩み寄りー西洋音楽と能楽のコラボレーション


2020年春から、コロナウイルスの蔓延により、国内外で多くの催し物が中止になりました。そのような中、今年の5月、アルゼンチン出身でスイス在住の著名なピアニスト、マルタ・アルゲリッチさんが3年ぶりに来日し、約1ヵ月にわたり各地を巡り、世界最高峰の演奏を披露しました。

公演の中には、観世流シテ方の第一人者で人間国宝の大槻文藏氏と共演するという珍しいプログラムもあり、能の舞に合わせてJ.S.バッハのパルティータを演奏しました。

先日、ある新聞にアルゲリッチさんのインタビュー記事が載っているのを見つけました。能楽師との共演後、彼女は興奮冷めやらぬ様子でこう言ったそうです。

「能には心を奪われます。すごくゆっくりした所作、一つの動きから別の動きに移り変わる、その『間』が、音楽におけるレガートを思わせる

 

記事には、アルゲリッチさんの演奏評もありました。

「流麗なテンポはいつも通りなのに、フレーズとフレーズをつなぐ『間』をほんの少し長めに取り、能の動きと同期させるコミュニケーション能力は見事で、バッハの曲と能の舞が、演奏した時間と空間を超えて、不思議な融合を見せていた。」


芸術を通して、西洋人と日本人の感覚同士が歩み寄っています。コミュニケーションの神髄がここにあるように思います。

能楽




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記事更新日:2024/07/06

西洋人と日本人の歩み寄りー西洋音楽と能楽のコラボレーション

2020年春から、コロナウイルスの蔓延により、国内外で多くの催し物が中止になりました。そのような中、今年の5月、アルゼンチン出身でスイス在住の著名なピアニスト、マルタ・アルゲリッチさんが3年ぶりに来日し、約1ヵ月にわたり各地を巡り、世界最高峰の演奏を披露しました。

公演の中には、観世流シテ方の第一人者で人間国宝の大槻文藏氏と共演するという珍しいプログラムもあり、能の舞に合わせてJ.S.バッハのパルティータを演奏しました。

先日、ある新聞にアルゲリッチさんのインタビュー記事が載っているのを見つけました。能楽師との共演後、彼女は興奮冷めやらぬ様子でこう言ったそうです。

「能には心を奪われます。すごくゆっくりした所作、一つの動きから別の動きに移り変わる、その『間』が、音楽におけるレガートを思わせる。

 

記事には、アルゲリッチさんの演奏評もありました。

「流麗なテンポはいつも通りなのに、フレーズとフレーズをつなぐ『間』をほんの少し長めに取り、能の動きと同期させるコミュニケーション能力は見事で、バッハの曲と能の舞が、演奏した時間と空間を超えて、不思議な融合を見せていた。」


芸術を通して、西洋人と日本人の感覚同士が歩み寄っています。コミュニケーションの神髄がここにあるように思います。

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記事更新日:2024/07/06

Fusen (Sticky Notes which Japanese people prefer)

At a stationery store, I found a certain product. It is a set of sticky notes with catch copy, “Sticky notes to choose your favorite paper for use”.


付箋



The package which I got, contains 20 sticky notes of 4 types each.

The two small types are pale yellow and pink. For them, high-quality paper is used so that they could be suitable for memos or marks.

The second largest third type is square, and for it is used the translucent, white and smooth special paper called glassine so that it could be suitable for make visible the document under it.

The largest of the four types is made of kraft paper. The color is natural brown reminiscent of soil and wood, and this might be suitable for casual messages and so on.

 

The material, color and size of the paper of sticky notes implicitly suggest us what they could be used for, and at the same time, they make us imagine the other boundless uses, not limited to sticky notes or indexes, “For it, which should I use?”, “What could I use it for?” and so on. In the inner dialogue which is born between the sticky notes and myself, there is a joy of exploring new things.

 

Recently, I often find myself selecting ‘Made in Japan’ not only in stationary but also in anything. seeking a mysterious feeling of being integrated with the tools ....


文具





日本人が好む付箋(ふせん)

文具屋さんで、ある商品に目が留まりました。「好きな紙から使える付箋」と書かれた付箋です。


中には4種の付箋がそれぞれ20枚ずつ入っています。


◎メモや目印などに使える付箋で、上質紙で作られています。色は淡い黄色と桃色の2種。4種の中では一番小さめです。

◎透明度があり下地を生かしたものに使える付箋で、グラシン紙で作られています。白くて滑らかな特殊紙で、正方形です。

◎カジュアルなメッセージなどに使える付箋で、クラフト紙で作られています。土や木を想像するようなナチュラルな茶色で、4種の中では一番大きめ。 

 

◎紙の素材、色、大きさが、何に使えるかを暗黙のうちに示唆していると同時に、これだけのバリエーションがあると、付箋やインデックスに限らず無限に用途が生み出せそうです。また、『どれを使おう?』『何に使おう?』と、付箋と自分との内なる対話も生まれ、何か新しいもの探求する楽しみもあります。ふと最近、文具に限らず、何でも<Made in Japan>を選んでいる自分に気づきます。道具と一体化する不思議な感覚を求めて…。



文具




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記事更新日:2024/07/05

日本人が好む付箋(ふせん)

文具屋さんで、ある商品に目が留まりました。それは、「好きな紙から使える付箋」と書かれた付箋です。

付箋



中には4種の付箋がそれぞれ20枚ずつ入っています。


◎メモや目印などに使える付箋で、上質紙で作られています。色は淡い黄色と桃色の2種。4種の中では一番小さめです。

◎透明度があり下地を生かしたものに使える付箋で、グラシン紙で作られています。白くて滑らかな特殊紙で、正方形です。

◎カジュアルなメッセージなどに使える付箋で、クラフト紙で作られています。土や木を想像するようなナチュラルな茶色で、4種の中では一番大きめ。 

 

紙の素材、色、大きさが、何に使えるかを暗黙のうちに示唆していると同時に、これだけのバリエーションがあると、付箋やインデックスに限らず無限に用途が生み出せそうです。また、『どれを使おう?』『何に使おう?』と、付箋と自分との内なる対話も生まれ、何か新しいもの探求する楽しみもあります。

ふと最近、文具に限らず、何でも<Made in Japan>を選んでいる自分に気づきます。まるで道具と一体化するような不思議な感覚を求めて…。


文具

 


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記事更新日:2024/07/05

Pebble road (Tamajari no Michi)

Pebble road (Tamajari no Michi)

 

伊勢神宮



Walking in the precinct of Ise Jingu**, we notice that the approach to the shrines is covered with pebbles.


Walking the pebble road, the subtle vibrations of the pebbles rubbing each other are transmitted from the soles of feet to the entire body, which makes us feel very comfortable. At the same time, the solemn crunch of footsteps sounds like a whisper of the nature. Looking around the pebbles covered all over the road, while we notice there are no same pebbles in size or shape, we find we ourselves are in a strange feeling as if we were floating above the clouds.

 

Usually, walking on the asphalted road, we often experience that thoughts like anxiety, hesitation and so on, occur and circulate in our mind. On the other hand, walking on the pebble road, such thoughts disappear, our consciousness spreads to the outer world, and even our five senses are transcended, accordingly we feel as if we were invited to an infinite world.

The pebble roads of Ise Jingu are said to be covered with round pebbles without edges, which were originally at the bottom of river in nature. Interesting is that the pebbles must be stones in river, not sea. Why it must be so? Probably, there is a deep reason behind it.

 

The pebble road invites us, human beings, to the sacred world, I certainly think so, walking on the pebble road of Ise Jingu.


Note:

*Tamajari means Pebbles in Japanese.

**Ise Jingu consists of two areas, Naiku(Kotaijingu) and Geku(Toyo’uke-daijingu), each of which has a pebble approach within its vast precinct.


白い玉砂利




玉砂利の道

伊勢神宮の境内を歩くと、参道に玉砂利が敷き詰められているのに気づきます。

 

玉砂利の道を歩いていると、小石どうしが擦れ合うときの細かな振動が足の裏から全身に伝わり、なんとも心地よい感覚になります。また、ザク、ザク、ザクという地味な音が、まるで自然界からの囁きのように聴こえます。そして、ひとつとして同じ大きさや同じ形のない小石があたりいっぱいに敷き詰められているのを見渡すと、まるで自分が雲の上に浮かんでいるような、不思議な感覚に陥ります。

 

普段、アスファルトの上を歩いていると、不安や迷いといった思考が浮かんではぐるぐる巡ることがあります。一方、玉砂利の上を歩いていると、思考が消えてなくなり、自分の意識が外界に広がり、五感すらも超えて、まさに無限の世界に誘われるようです。

 

伊勢神宮の玉砂利には、自然の川底にある、角がとれて丸くなったものを敷き詰めているそうです。海の石ではなく川の石でないといけないそうで、そこにも何か深い理由が隠されているように思います。

 

玉砂利の道は、私たち人間を神性へと誘ってくれる道のように思えてなりません。



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記事更新日:2024/07/04

玉砂利の道

伊勢神宮


伊勢神宮の境内を歩くと、参道に玉砂利が敷き詰められているのに気づきます。


玉砂利の道を歩いていると、小石どうしが擦れ合うときの細かな振動が足の裏から全身に伝わり、なんとも心地よい感覚になります。また、ザク、ザク、ザクという地味な音が、まるで自然界からの囁きのように聴こえます。そして、ひとつとして同じ大きさや同じ形のない小石があたりいっぱいに敷き詰められているのを見渡すと、まるで自分が雲の上に浮かんでいるような、不思議な感覚に陥ります。

 

普段、アスファルトの上を歩いていると、不安や迷いといった思考が浮かんではぐるぐる巡ることがあります。一方、玉砂利の上を歩いていると、思考が消えてなくなり、自分の意識が外界に広がり、五感すらも超えて、まさに無限の世界に誘われるようです。

 

伊勢神宮の玉砂利には、自然の川底にある、角がとれて丸くなったものを敷き詰めているそうです。海の石ではなく川の石でないといけないそうで、そこにも何か深い理由が隠されているように思います。

 

玉砂利の道は、私たち人間を神性へと誘ってくれる道のように思えてなりません。


白い玉砂利



 

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記事更新日:2024/07/04

The paper string ornaments “Mizuhiki”

Mizuhiki is paper string ornaments that are used to tie wrapping papers of gift or attach to envelopes.

水引


According to records, the origin of Mizuhiki is said to start from a historical description that, during the Asuka period (592-710), when Ono no Imoko (unknown date of birth and death), who has been in China as Kenzuishi (a mission to Sui dynasty), came back to Japan, linen strings dyed in red and white were tied to the gifts to the emperor offered from the accompanying Sui’s messenger. On the other hand, the word Mizuhiki itself is said to have come from the making procedure, at first, making Japanese paper into Koyori (twisted paper strings), and then pasting liquid starch (‘(mizu)nori-hiki’ in Japanese) to harden it so that the twist doesn’t loosen.


Introducing the typical knots of Mizuhiki which are usually used in Japan.


水引


Musubi-kiri (upper right figure)

This way of tying is to tie Mizuhiki so that the both tips of the knot point upwards. Using this method of tying, Mizuhiki is tied tightly at its center, and, once it has been tied, it cannot be easily untied. Therefore, it involves a message,“I hope that the same thing will not occur in the future,”to be used on wedding, get-well visits, funerals and so on.

 

Chō-musubi (bottom right figure)

This way of tying is easy to untie the knot and tie it again, and therefor involves a message,“I hope it will occur again and again.” Therefore, this is used on celebrations such as entrance into a school, promotion, birth and so on.


Awaji-musubi (left figure)

In case of this tying, when both ends of Mizuhiki are pulled, the knot is tied even more tightly. Since this Awaji-musubi is as difficult to untie as Musubi-kiri, and further, uses a more complicated knotting than Musubi-kiri, this involves a message, “I hope it will continue for a long and long time.” For this reason, this is used for celebrating on wedding, rewarding for lessons and so on.



水引について

贈り物の包み紙を結んだり、封筒に付けられたりする紙製の飾り紐のことを、水引(みずひき)といいます。


水引の起こりは、飛鳥時代、遣隋使として当時の中国に渡った小野妹子が日本に帰る際、隋からの献上品に紅白に染めた麻の紐が結ばれていたという記録にあるようです。また、水引という言葉は、和紙をこより状にして、よりが緩まないように水のりを引いて固めたことからきたのではないかといわれています。


日本でよく使われている水引についてご紹介します。
 


結び切り(右上)

結び目の先が上になるように結ぶもので、一度結ぶと簡単に解けないように水引を中心で固く結ぶことから、「繰り返すことがありませんように」という意味が込められ、結婚のお祝いや病気のお見舞い、お葬式などに使われます。


蝶結び(右下)

簡単に解いたり結んだりできるもので、「何度でもそれが起きますように」という意味が込められ、進学や昇進、出産などのお祝いに使われます。

 

あわじ結び(左)

両端を引っ張るとさらに固く結ばれるもので、結び切りと同じく解けにくいのと、より複雑な結び方であることから、「末永く続きますように」という意味が込められ、結婚のお祝いや、習い事の謝礼などに使われます。




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記事更新日:2024/07/03

水引について

贈り物の包み紙を結んだり、封筒に付けられたりする紙製の飾り紐のことを、水引(みずひき)といいます。

水引


水引の起こりは、飛鳥時代、遣隋使として当時の中国に渡った小野妹子が日本に帰る際、隋からの献上品に紅白に染めた麻の紐が結ばれていたという記録にあるようです。また、水引という言葉は、和紙をこより状にして、よりが緩まないように水のりを引いて固めたことからきたのではないかといわれています。


日本でよく使われている水引についてご紹介します。


水引


結び切り(右上)

結び目の先が上になるように結ぶもので、一度結ぶと簡単に解けないように水引を中心で固く結ぶことから、「繰り返すことがありませんように」という意味が込められ、結婚のお祝いや病気のお見舞い、お葬式などに使われます。


蝶結び(右下)

簡単に解いたり結んだりできるもので、「何度でもそれが起きますように」という意味が込められ、進学や昇進、出産などのお祝いに使われます。

 

あわじ結び(左)

両端を引っ張るとさらに固く結ばれるもので、結び切りと同じく解けにくいのと、より複雑な結び方であることから、「末永く続きますように」という意味が込められ、結婚のお祝いや、習い事の謝礼などに使われます。




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記事更新日:2024/07/03

Japanese tea and Shigaraki ware

In Otsu City, Shiga Prefecture, there is a Japanese tea shop called Nakagawa Seisei-do Chaho, which is dealing in not only Japanese tea but also a lot of tea utensils. When I visited it the other day, the shop owner showed me the tea utensils one by one, and told me a lot of interesting stories about them. According to him, tea utensils in his shop are Shigaraki ware. To make them, Shigaraki-potters themselves enter the mountains to find the best clay, and then, they try to soak and dissolve the gotten clay in water, and by stirring it and taking out its clear layer and the unnecessary things repeatedly, get finer clay called Suihi-tsuchi (elutriated soil).

When making this Suihi-tsuchi, the best water for it is said to be the one which flows beside rice fields, including a lot of microorganisms. On the other hand, when baking tea-ware using Suihi-tsuchi, potters actually eat tea leaves and make tea-ware that suits the taste of tea, for the taste of tea varies depending on the place and altitude where the tea grows.

The shop owner ended his talk as following, “To make delicious tea, please use tea-ware and water which match the tea.”

お茶




日本茶と信楽焼

滋賀県の大津市に中川誠盛堂茶舗という日本茶のお店があります。ここはお茶だけではなく茶道具も豊富に取り揃えています。

先日こちらのお店を訪ねると、店主が茶道具を一つひとつ見せながら、興味深い話をしてくださいました。

「お店に置いてある茶道具はすべて信楽焼で、陶芸家が山へ自ら足を運び、探してきた土で作ったものです。土を水につけ、何回も攪拌したり、透明な上澄みや不要なものを除去しながら、きめ細かな土である水簸(すいひ)土を作ります」

店主の説明では、この時に使う水は、田んぼの横を流れていて微生物がたくさんいるような水が良いとのことです。水簸土を使って茶器を焼くにあたり、陶芸家は実際にお茶を口にし、それに合った茶器を作るといいます。お茶は、育つ場所や標高によって味が異なるためです。

「おいしいお茶をいれるには、お茶に合った茶器と水を使うと良い」

店主はそうしめくくりました。



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記事更新日:2024/07/02

日本茶と信楽焼

滋賀県の大津市に中川誠盛堂茶舗という日本茶のお店があります。ここはお茶だけではなく茶道具も豊富に取り揃えています。

先日こちらのお店を訪ねると、店主が茶道具を一つひとつ見せながら、興味深い話をしてくださいました。

「お店に置いてある茶道具はすべて信楽焼で、陶芸家が山へ自ら足を運び、探してきた土で作ったものです。土を水につけ、何回も攪拌したり、透明な上澄みや不要なものを除去しながら、きめ細かな土である
水簸(すいひ)土を作ります」

店主の説明では、この時に使う水は、田んぼの横を流れていて微生物がたくさんいるような水が良いとのことです。水簸土を使って茶器を焼くにあたり、陶芸家は実際にお茶を口にし、それに合った茶器を作るといいます。お茶は、育つ場所や標高によって味が異なるためです。

「おいしいお茶をいれるには、お茶に合った茶器と水を使うと良い」

店主はそうしめくくりました。

お茶



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記事更新日:2024/07/02

Hana-aka of Arita porcelain

Hana-aka* of Arita porcelain


There is an area called Akaemachi in Arita-cho, Saga Prefecture, which is famous for Arita porcelain. As its name** suggests, there are many workshops which specialize in producing red pigments in this area, and one of the most representative red pigments which they make is Hana-aka indispensable for Arita porcelain.
 


According to them, in order to make this pigment, Hana-aka, they put iron rust*** in a large jar filled with water, continue to replace the supernatant liquid generated in the jar every day, and change the iron rust into nano-sized fine particles over about 10 years. How amazing it needs ten years to make one color! Further, according to them, what is the most important is the fineness and purity of particles, and, in order to keep this, they have maintained not the mechanical work but manual, and the use of well water for generations. 

The red of Arita porcelain. What have the ancestors in Arita been intending to reflect in this color…?


Note:

*‘Hana’ in Hana-aka means ‘flowers’ and ‘aka’ means ‘red color’ in Japanese.

**’Akae’ in area name, Akae-machi, means ‘red pictures’ in Japanese.

***For example, rust of iron oxide.


花赤




有田焼の花赤

有田焼で有名な佐賀県有田町に赤絵町という場所があります。ここにはその地名のとおり、赤い絵の具を専門に作り出す工房が集まっていて、有田焼には欠かせない花赤(はなあか)と呼ばれる赤い絵の具が作られています。

花赤というという絵の具を作るためには、水を入れた大きな壺に鉄さびを入れて、毎日、一日も欠かすことなく上澄みを入れ替え、10年ほどかけてナノサイズの細かい粒子に仕上げていく必要があるそうです。一つの色を作るのに10年もかけるとは、本当に凄いことだと思います。もっとも大切なのは粒子の細かさと純度だそうで、機械ではなく手作業ですることと、井戸水を使うことも代々守られているとのことです。

有田焼
の赤。先人たちはこの色に何を映し出そうとしていたのか


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記事更新日:2024/07/01

有田焼の花赤(はなあか)

有田焼で有名な佐賀県有田町に赤絵町という場所があります。ここにはその地名のとおり、赤い絵の具を専門に作り出す工房が集まっていて、有田焼には欠かせない花赤(はなあか)と呼ばれる赤い絵の具が作られています。

花赤という
という絵の具を作るためには、水を入れた大きな壺に鉄さびを入れて、毎日、一日も欠かすことなく上澄みを入れ替え、10年ほどかけてナノサイズの細かい粒子に仕上げていく必要があるそうです。一つの色を作るのに10年もかけるとは、本当に凄いことだと思います。もっとも大切なのは粒子の細かさと純度だそうで、機械ではなく手作業ですることと、井戸水を使うことも代々守られているとのことです。

有田焼の赤。先人たちはこの色に何を映し出そうとしていたのか



花赤




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記事更新日:2024/07/01

Yokawa-chudo-hall of Hieizan Enryaku-ji Temple

Yokawa-chūdō-hall, located in the Yokawa area of Hieizan Enryaku-ji Temple*, is famous for its building in Kake-zukuri like ‘Kiyomizu no Butai’ (the stage of Kiyomizu) of Kiyomizu-dera Temple in Kyoto. Kake-zukuri is a building style which secures the underfloor using long pillars and crosspieces on the place with a large height difference like a cliff, and constructs a building on it.


By the way, why was this chūdō-hall built in such an unstable place? Such a question arose in me.

Then, I investigated the reason, and found that the model of this building was ‘Kentōshi-sen’ (the ship for envoy to Tang China during Nara and Heian periods). Looking at with such knowledge, to me, the ground with height difference looked like the surface of the sea with high waves going up and down, and at the same time, the building seemed to create a ship-like atmosphere floating in the waves of the sea.
Yokawa-chūdō-hall is just an elaborate metaphor, which makes us feel how courageous it was to go abroad to learn at the risk of life. Given immeasurable encouragement, I left the building.

Note:

*Hieizan Enryaku-ji Temple is the head temple of the Tendai sect of Japan located on Mt. Hiei between Kyoto City and Otsu City of Shiga Prefecture, which was opened by Saichō (767-822), a monk in the early Heian period.


比叡山延暦寺




比叡山延暦寺の横川中堂

比叡山延暦寺の横川エリアにある横川中堂は、京都の清水寺にある「清水の舞台」と同じ懸造(かけづくり)の建物として有名です。懸造とは、崖などの高低差が大きい土地に長い柱や貫で床下を固定し、その上に建物を築く建築様式です。

それにしてもなぜ、こんな不安定な場所に建てたのか。そういった疑問が私の中に湧きました。そこで理由を調べてみたら、この建物のモデルが「遣唐使船」だからと分かりました。そういった目で眺めると、高低差のある土地を、高い波が上下する海面に見立て、波に浮かぶ船の雰囲気を醸し出しているように見えてきます。 


命がけで学びに行くってすごいな、という気持ちにさせる、手の込んだメタファーです。なんだかものすごく大きな勇気をもらって、建物をあとにしました。
 

 

注:

*比叡山延暦寺は、京都市と滋賀県大津市の境にある比叡山に位置する天台宗の総本山の寺院。平安時代初期に僧・最澄(767-822)により開かれた。


比叡山延暦寺



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記事更新日:2024/06/30

比叡山延暦寺の横川中堂

比叡山延暦寺の横川エリアにある横川中堂は、京都の清水寺にある「清水の舞台」と同じ懸造(かけづくり)の建物として有名です。懸造とは、崖などの高低差が大きい土地に長い柱や貫で床下を固定し、その上に建物を築く建築様式です。

それにしてもなぜ、こんな不安定な場所に建てたのか。そういった疑問が私の中に湧きました。そこで理由を調べてみたら、この建物のモデルが「遣唐使船」だからと分かりました。そういった目で眺めると、高低差のある土地を、高い波が上下する海面に見立て、波に浮かぶ船の雰囲気を醸し出しているように見えてきます。 


命がけで学びに行くってすごいな、という気持ちにさせる、手の込んだメタファーです。なんだかものすごく大きな勇気をもらって、建物をあとにしました。
  



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記事更新日:2024/06/30

Jodo-in of Hieizan Enryaku-ji Temple

Jōdo-in, located in the precincts of Hieizan Enryakuji Temple, is the mausoleum of Saichō, the founder of the Tendai sect. To reach there, we must go down an incredibly long stone staircase.

比叡山延暦寺


On the way, an idea flitted across my mind, if this stone staircase were up
….


If the place where the founder sleeps is in a high place, we would raise our expectation that, aiming at the founder’s virtue, we can get to a higher place.


However, as I got down the long stone staircase, I began to feel something mysterious and found my self-consciousness rapidly diminishing.

  

When I reached Jōdo-in, only a quiet space had awaited me. All I did there was only to feel the wind, listen to the birds, and look at the swaying leaves.

Then, I was deeply convinced that Saichō's thought was just alive in this space-time of self-effacement
.

比叡山延暦寺




比叡山延暦寺の浄土院

比叡山延暦寺の境内にある浄土院は、天台宗の開祖である最澄の御廟です。ここへたどり着くまでには、とてつもなく長い石段を下りなければなりません。

比叡山延暦寺



ふと、思います。もしこの石段が、上り坂だったら…。

 

開祖が眠る場所が高いところにあれば、その足元を目指して、自分も高いところに行けるのでは…といった期待がふくらむかもしれません。


しかし、長い石段を下っていくと、何とも不思議な感じがしてきて、自我の意識がどんどん薄まっていくことに気づきます。


浄土院にたどりつくと、そこには静かな空間だけが待っています。そこでは、ただただ風を感じ、鳥の声を聴き、木の葉の揺れるようすに目を向けるだけです。


この忘我の時空間に、最澄の想いが生きているように思えて仕方ありません。

比叡山延暦寺



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記事更新日:2024/06/29

比叡山延暦寺の浄土院

比叡山延暦寺の境内にある浄土院は、天台宗の開祖である最澄の御廟です。ここへたどり着くまでには、とてつもなく長い石段を下りなければなりません。


比叡山延暦寺



ふと、思います。もしこの石段が、上り坂だったら…。

 

開祖が眠る場所が高いところにあれば、その足元を目指して、自分も高いところに行けるのでは・・・といった期待がふくらむかもしれません。


しかし、長い石段を下っていくと、何とも不思議な感じがしてきて、自我の意識がどんどん薄まっていくことに気づきます。


浄土院にたどりつくと、そこには静かな空間だけが待っています。そこでは、ただただ風を感じ、鳥の声を聴き、木の葉の揺れるようすに目を向けるだけです。

この忘我の時空間に、最澄の想いが生きているように思えて仕方ありません。

比叡山延暦寺



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記事更新日:2024/06/29

沈黙もまた言葉である…

友人からおもしろい話を聞きました。

彼は五十代の日本人で、ずっと海外のバンドの音楽監督をしています。何かちょっとした問題が持ち上がって、監督としての意見を聞かれたのだそうです。

「うーむ……」と、彼としては次の言葉に重みを与えようと一瞬黙ったところ、みんな聞き耳を立てるかなと思ったら、その反対に、まわりはどんどんしゃべり始め、待ってはくれない。日本だったら、沈黙やタメは次の重要な言葉への布石でしょう。沈黙が長ければ、言葉は重いということがおのずとわかる。それが西洋では、言いたいことがない、と受け止められてしまう。

海外経験はとても豊富で、音楽的にはぜんぜん支障はないそうですが、日常的な部分では、西洋人は「空気を読む」ということがない、「沈黙もまた言葉である」というふうには考えてないのだ、ということにはなかなか慣れることができないらしいのです。
(中村明一著「密息」新潮選書 p.142-143より)


ミーティング


「密息」で身体が変わる (新潮選書)
中村 明一
新潮社
2006-05-24



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記事更新日:2024/06/28

日本人の特殊な感性について(目次)

ニューコードNLPスクールのブログで、「日本人の特殊な感性」について書いた記事の一覧です。

日本人の特殊な感性について(目次)
2017/10/31 日本人の特性な感性について(目次)


日本人の特殊な感性について(記事)
◆エピステモロジーと認識
2017/09/03 沈黙もまた言葉である…
2017/09/04 Silence is also a word...

2017/10/09 日本語の間(ま)という言葉について 
2017/10/10 About the word "Ma"

2017/09/19 日本人と西洋人の歩み寄りー西洋音楽と能楽のコラボレーション
2017/09/20 A mutual resonance Western and Japanese sensibilitiesーCollabration of Classical music and Nohgaku


◆五感と共感覚
2017/09/09 有田焼の花赤
2017/09/10 Hana-aka of Arita porcelain

2017/09/11 日本茶と信楽焼
2017/09/12 Japanese tea and Shigaraki ware

2017/09/15 玉砂利の道 
2017/09/16 Pebble road (Tamajari no Michi)

2017/09/19 あいまいな形をしているものへの親しみ
2017/09/20 Familiarity with vaguely shaped things


◆五感とストラテジー
2017/09/29 はじめてのヒスイ拾い
2017/09/30 Picking jade for the first time


◆知覚ポジションと視点
2017/09/21 花鏡「離見の見」について
2017/09/22 Zeami's “View of Riken” in Kakyo 


◆周辺視野
2017/09/29 はじめてのヒスイ拾い
2017/09/30 Picking jade for the first time


◆空間アンカー(covert version)
2017/09/05 比叡山延暦寺の浄土院 
2017/09/06 Jodo-in Hieizan Enryaku-ji Temple


◆チャンキング
2017/09/17 日本人が好む付箋(ふせん)
2017/09/18 Fusen (Sticky Notes which Japanese people prefer)


◆メタファー
2017/09/07 比叡山延暦寺の横川中堂
2017/09/08 Yokawa-cyudo-hall of Hieizan Enryaku-ji Temple

2017/09/13 水引きについて
2017/09/14 The paper string ornaments "Mizuhiki"

2017/09/23 清らかな水にたとえた習い事
2017/09/24 Osarai: the Japanese art of learning

2017/09/27 和え物にみられる日本の文化
2017/09/28 Japanese culture seen in aemono


◆ラポール
2017/10/13 じゃんけんとラポールの関係

2017/09/19 日本人と西洋人の歩み寄りー西洋音楽と能楽のコラボレーション
2017/09/20 A mutual resonance Western and Japanese sensibilitiesーCollabration of Classical music and Nohgaku


◆卓越性の研磨

2017/10/01 意識的に呼吸をすること
2017/10/02 The art of conscious breathing

2017/10/03 日本人の特殊な呼吸法「密息」
2017/10/04 Japanese unique breathing method "Missoku"

2017/10/05「密息」〜日本人が古来より自然に行ってきた呼吸法〜
2017/10/06 "Missoku" - a unique breathing method practiced by the Japanese people since old times.


2017/10/07 左右の鼻腔による呼吸



◆脳と言語
2019/06/01 脳幹自動スイッチ機構と日本語
2019/06/02 Brain Stem Automatic Swich Mechanism and Japanese Language


◆その他
2017/10/11 小林秀雄と蛍
2011/10/12 Hideo Kobayashi and a Firefly


金魚


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記事投稿日:2024/07/19
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